こんにちは、きこです🌷
精神科で看護師をしながら、医療職の働き方について書いています。
「私、人の気持ちがよくわかるほうだと思う、、、」
「でも、それが武器になるはずなのに、なぜか疲れる」
「気持ちがわかるって、本当に強みなんだろうか」
📌 この記事は、こんな方へ
・共感力が高い、と言われがちな方
・人の気持ちを汲んだあと、自分が消耗してしまう方
・『気持ちがわかる』の使いどころを整理したい方
精神科の訪問看護に転身してから2年が経ちました。それまでの18年間は身体障害の分野にいたので、精神科の世界は最初、戸惑うことだらけでした。
共感だけでは届かない場面がある
精神科では「傾聴」が大切だと言われます。それは間違いないと思います。でも2年間関わってきて、共感するだけでは届かない場面があることを実感するようになりました。
たとえば、利用者さんの現実認識が歪んでいると感じるとき。そこで「そうですね」と合わせ続けるのが本当にその人のためになるのか、迷うことがあります。専門家として、違う視点を静かに提示することが、回復につながることもあります。
「気持ちがわかる」が怖くなる瞬間
自分自身がつらい経験をしてきたから、その人の気持ちがわかる。そういう動機で支援に入る人は少なくありません。私自身もそういう気持ちがないとは言えません。
でも、それが「感情の投影」になってしまうことがあります。自分のつらさと、目の前の人のつらさが混ざってしまって、気づかないうちに自分の感情を相手に乗せてしまう。「気持ちがわかる」という感覚が、支援の武器になることもあれば、落とし穴になることもある、と感じています。
支援者自身のメンテナンスが必要な理由
そういう経験を重ねてから、私は自分自身の状態を客観視することを意識するようになりました。今日の私は、ちゃんと自分の感情と相手の感情を分けられているか。自分の消耗を誰かへの過剰な関与で埋めようとしていないか。
支援者が自分をメンテナンスすることは、結局、利用者さんのためになる。それは理屈ではなく、現場で身体が教えてくれたことです。
「気持ちがわかる」は、そのままにしておくと両刃の剣になります。自分の感情を知っておくことが、支援を支える土台になると、今は思っています。
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📍 あなたの次のステップ
【免責事項】本記事は筆者の個人的な体験に基づく記録です。特定の診断・治療・法的助言を行うものではありません。心身の不調が続く場合は医療機関、職場の問題は労働相談窓口など専門機関にご相談ください。
※この記事の原型はnoteに掲載しています。
🌱 さいごに
辞めたい人だけが、備えるわけじゃありません。
いまの職場をできるだけ長く続けたい人ほど、「いつ何が起きてもいい次の手」を、そっと準備しておくこと——。
それが、いちばん心が楽になる道だと、私は思っています。
この記事が、あなたの「いつか」のとなりに、ほんの小さな「次の手」を置くきっかけになれたら嬉しいです🌷

