夜勤明けに帰宅して、玄関のドアを閉めたとき。体は家にいるのに、頭はまだ病棟にいる感覚——それが何年も続きました。
帰り道は自動的に歩いていて、電車の中で何を考えていたかも覚えていない。家に着いても「終わった」という実感がなくて、なんとなく家事を始めていました。洗濯を回して、ちょっと掃除して、気づいたら昼になっていた。眠れないまま。
そのサイクルを、3年近く繰り返していたと思います。「みんなこういうものだろう」と思っていました。夜勤ってそういうものだ、と。
「なんか最近、ずっとしんどそう」
ある夜勤明けの昼前、ナギに言われました。「なんか最近ずっとしんどそう。夜勤明けに何してるの?」
答えながら、自分でも初めて気づいたんです。帰宅後に普通に家事をこなして、眠れないまま昼まで起きている——それを毎回繰り返していた、と。
言葉にしてみると、当たり前のようで、当たり前じゃなかった。ナギは「それ、休めてないじゃん」と言いました。責めるような言い方じゃなくて、ただ静かに事実を言っただけでした。でもその一言で、何かがゆっくり崩れた気がしました。
脳が帰れない理由があった
夜勤中は、何があっても対応しなければならない緊張状態が続きます。急変があれば仮眠もゼロ。個室で横になれても、いつ呼ばれるかわからない緊張の中での睡眠です。
その状態のまま、明け方を迎えて帰宅する。交感神経が優位なまま布団に入っても、体は眠れる準備ができていない——そういうことだったんです。でも当時の私は、それを「自分がうまく休めない」という個人の問題として抱えていました。
帰宅してからも、頭が職場に残ったままになっていました。「あの対応、ちゃんとできていたか」「あの言い方をされたのはなぜだろう」——仕事に戻るまで答えは出ないのに、考えが止まらない。特に休日前の夜が一番しんどかった。休みに入ってもモードが切り替わらなくて、切り替わったと思えば夕方にはもう翌日の仕事が頭に浮かびはじめる。
休んでいるのに、休めていない。そういう感覚が、ずっと続いていました。
「当たり前」にしていたこと
正直、ナギに言われるまで、自分が無理をしているとは思っていませんでした。夜勤明けに家事ができる自分は「しっかりしている」と思っていたし、眠れなくても「仕方ない」で片付けていた。
でも答えながら気づいたのは、私は一度も「夜勤明けをどう過ごすか」を自分で考えたことがなかった、ということです。周りのやり方も知らないし、聞いたこともなかった。ただ流れで、毎回同じことを繰り返していただけでした。
「休んでいるのに、休めていなかった」——その言葉が、自分の中で初めて腑に落ちた瞬間でした。
今は、少し違う
今はまだ完璧ではないですが、帰宅後すぐに家事を始めることはやめました。玄関を入ったらまず横になる。それだけでも、少し変わりました。
脳が職場に残っていること自体は、まだあります。でも「あ、また帰れてないな」と気づけるようになっただけで、ずいぶん楽になった気がしています。
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【免責事項】本記事は筆者の個人的な体験に基づく記録です。特定の診断・治療・法的助言を行うものではありません。心身の不調が続く場合は医療機関、職場の問題は労働相談窓口など専門機関にご相談ください。

