こんにちは、きこです🌷
精神科で看護師をしながら、医療職の働き方について書いています。
「褒めたつもりだったのに、別の子が泣いてしまった、、、」
「『厳しさ』が指導だと思っていた職場で、何かが歪んでいる気がする」
「いい指導って、何なんだろう」
📌 この記事は、こんな方へ
・看護学生や新人の指導に関わっている方
・『厳しさ=指導』の文化に違和感を覚えている方
・学生が辞めない関わり方を、現実的に整理したい方
📋 この記事でわかること
- 「厳しくすることが指導」という文化が生む問題
- なぜ医療現場では褒めることが少ないのか
- 今の実習現場でキコが感じていること
- 新人・学生の力を引き出す関わり方の実践ポイント
- 指導する立場が持っておくべき「責任の自覚」
妻のキコから聞いた話です。
実習に来ていた看護学生が5人いました。そのうちの一人が、患者さんのレポートをとても丁寧に仕上げてきた。周りの学生の参考にもなるくらいよく書けていたので、キコはみんなの前で紹介して褒めました。
ただそれだけのことでした。他の4人に何かを言ったわけでも、差をつけたわけでも、怒ったわけでもない。
しばらくして、別の学生が泣いているのを病棟の上司が見つけました。話を聞くと「怖かった」と言っていたそうです——キコのことが怖かった、と。
ただ別の子を褒めただけなのに、怖いと感じてしまった子がいた。
この話を聞いたとき、私はすぐに理解できました。自分自身、似たような環境で育ってきたから。
「厳しさ = 指導」という思い込みが生む問題
誰かが褒められる場面を見て、「自分が怒られた」と感じる——これは、その学生が褒められた経験をほとんど積んでこなかったことを示しています。褒めるという行為そのものが、恐怖の対象になってしまっている。
看護教育の現場には、今も「厳しく育てる」という文化が残っている場所があります。
⚠️ 「厳しく育てる」文化の中身
- できていないことを厳しく指摘する
- ミスを詰める
- 「あなたには向いていない」という言葉を使う
- 褒めることは「甘やかし」と見なされる
この文化で育った指導者が次世代を育てると、同じ文化が再生産されます。「見て覚えろ」で育った人が、「見て覚えろ」で教えるように。
【私の話】「楽しさを知れば、自発的に動くようになる」
OTとして新人指導をしてきた中で、私も最初は厳しい環境で育ってきたことをそのまま再現していた時期があります。
できていないことに怒られる。どんな手を使っても注意される。そのうち「どうせ何をやっても言われる」と諦めた。先輩が抜けてからは、気楽になった。
今になって思います。あのとき自分の下にいた後輩たちに、同じ苦しみを味わわせていたのではないか、と。受けてきたものをそのまま渡してしまっていた部分があったとしたら——正直に、申し訳なかったと思っています。
学生や新人が困っていることに対して、本人がなぜできないのかを想像してから答えるようにしました。「自分で調べて」とは言わない。昔の先輩と同じになりたくなかったから。
楽しさを知れば、自発的に動くようになる——そう思って関わってきました。
今の実習現場でキコが感じていること
キコは現在も実習指導に携わっています。現場で感じていることを、そのまま書いてもらいました。
患者さんと話すとき、椅子に浅く腰掛けて足を組んでいる学生がいます。タメ口で話しかけていたり、明らかに距離感が近すぎることもある。実習中なのに、学生二人で話しながら廊下をぐるっと一周歩いていたりすることもあります。
「何か困っていることある?」と声をかけると、「今、何をしていいかわからないです」と言います。でも、こちらから聞くまで待っているんです。自分から何かを掴もうとか、精神科の臨床でしか学べないことを持って帰ろうとか、そういう意志はなかなか感じられない。困ったら先生が助けてくれる、気づいた指導者が声をかけてくれるのが当たり前、という感覚の学生がとても多いと感じています。
時代がそうさせているのか、育ってきた環境がそうだったのか、断言はできません。
もう一つ、深刻な問題があります。患者さんの情報は、たとえ学生同士であっても、病棟が違えば共有してはいけないというルールがあります。ところが、作業療法の時間中に「あの患者さん、過去に〇〇してたんだって、やばくない?」というような会話をしていて、それを近くにいた別の患者さんが聞いてしまい、看護師に報告があった、ということがありました。していいこと・してはいけないことの区別がついていない学生が、確かにいます。
こういった問題が重なると、病院側がその学校からの実習をお断りするケースも実際にあります。学生一人の行動が、後輩たちの実習機会に影響することもあるのです。
ただ、キコが伝えたいのは、そういう学生を責めることではないと言っています。褒め言葉を聞いて怖いと感じてしまう子も、どう動けばいいかわからずに立っている子も、何かしらの理由があってそうなっている。だからこそ、指導する側の関わり方が大切になってくると。
なぜ医療現場では「褒める」が少ないのか
📋 「褒めない文化」が定着する3つの背景
- 「できて当然」という前提——医療現場では「できていないことの指摘」は患者安全のために必要ですが、「できていることの承認」は後回しになりやすい
- 時間的余裕のなさ——忙しい現場では、指導にかけられる時間が限られます。指摘は短時間でできますが、丁寧な承認には時間がかかる
- 「褒め方を知らない」——自分が褒められて育っていないため、どう褒めればいいかわからない指導者も多いと思います
新人・学生の力を引き出す関わり方の実践ポイント
💡 ① 「できていること」を具体的に言葉にする
「よかった」より「この観察記録は患者さんの変化をここまで捉えていた」という具体的な言葉の方が伝わります。何がよかったのかを具体的に伝えることで、本人の「どこに注目すればいいか」という基準が育つ。キコが後輩指導で一番意識していることです。当たり前のことでも、ちゃんとできていたら言葉にしてあげる。「今の関わり方、よかったよ」「そこに気づいたのは大事なことだよ」——それだけで、学生の表情が変わることがあります。
💡 ② 「なぜできなかったか」より「次にどうするか」に焦点を当てる
ミスの後に「なぜできなかったのか」を問い詰めると、相手は萎縮します。「次どうすれば防げるか、一緒に考えよう」という問いかけに変えるだけで、学習の質が変わります。
💡 ③ 「厳しさ」と「人格否定」を明確に区別する
「この手順は違います。こうしてください」は厳しさです。「あなたには向いていない」は人格否定です。スキルや行動の修正は必要ですが、その人の存在価値を否定することは指導ではありません。
💡 ④ 「初めて褒められた」を作らない
実習期間を通じて一度も褒められない経験を積み重ねると、「自分にはできない」という思い込みが定着します。それどころか、褒められることを「怒られること」と混同するほど感覚が歪む場合もある。どんなに小さなことでも「できていること」を見つけて言葉にする習慣が、指導者としての基本姿勢だと思っています。
指導する立場が持っておくべき「責任の自覚」
キコはその実習の終わりに、ある学生からこう言われたと話してくれました。
「精神科看護にすごく興味が出たので、精神科看護師になりたいと思います。」
嬉しかった、とキコは言いました。関わり方ひとつで、その人の気持ちが変わることがある。それを実感した瞬間だったと。
できていることを言葉にする。ただそれだけのことが、誰かの気持ちを動かすことがあります。指導する立場にある人は、相手の将来に影響を与えています。指導のスタイルが「その人の選択肢を狭める」方向に働いているなら、それは見直すべきです。
まとめ
- 「褒められた場面を見て怖いと感じる」——それは、厳しい環境で育ってきたサインだ
- 今の学生には「待つ姿勢」や「区別のなさ」が見られるが、責めるより関わり方を変えることが先決
- 「できていること」を具体的に言葉にする。「厳しさ」と「人格否定」は別物だ
- 指導者はその人の将来に影響を与えているという自覚を持つ
【免責事項】本記事は筆者の臨床経験と当事者視点に基づく一般的な情報提供であり、特定の診断・治療・雇用関係の法的助言を行うものではありません。心身の不調が続く場合は医療機関、職場の問題は労働相談窓口など専門機関にご相談ください。
📚 参考・引用文献
- 厚生労働省「新人看護職員研修ガイドライン(改訂版)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049578.html)
- Dweck, C.S. (2006). “Mindset: The New Psychology of Success.” Random House. (成長マインドセット)
- 厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_18998.html)
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