精神科の訪問看護に移って、もうすぐ2年になります。腰への負担を減らしたくて選んだ転職で、分野も大きく変わりました。それなりのプレッシャーを抱えながらのスタートでした。
2年が経ったいま、ひとつの確信に至っています。「この職場、自分には全く合っていない」と。
条件だけ見れば、申し分ない
誤解のないように言うと、条件そのものは悪くありません。自宅から車で10分ほど。1日の勤務時間も短くなりました。給与も、同じ年代の中では少し恵まれている方だと思います。
なのに、「今までで一番合わない」と感じている。その理由を、ここ最近ずっと考えていました。
ものすごく「古い」職場だった
これまでの職場はそれぞれ違いました。ある場所はトップダウンではあるけれど、スタッフ間の余計な揉め事はなかった。別の場所は若い責任者が多くて、意見が通りやすく風通しも良かった。
でも今の職場は、何十年も続く歴史ある組織で、勤続40年というベテランもいます。そこにあるのは強烈な年功序列です。中間管理職の顔色をうかがい、上を持ち上げることが当たり前の空気。自分で考えて動く余地が、ほとんどない。
「できる」と言うと、打たれる
以前の職場なら、「こういうことができます」「こうしてみませんか」と言えば、プラスに評価される場面がたくさんありました。でも今の職場は逆です。
意見を持つ人、できると主張する人は、徹底的に打たれます。ひどい場合は、いじめの標的になることさえある。2年のあいだに、そういう光景を何度か目にしてきました。だからみんな、安全でいるために、息を潜めて過ごしています。
なぜ、そうなるのか
最初は腹も立ちましたが、ある時期から心理学的に考えるようにしました。なぜ責任者たちは、仕事ができる人や意見を言う人をあんなに嫌うのか。
アドラー心理学に「優越コンプレックス」という言葉があります。本当の自信を持てない人ほど、他人を下げることで自分の位置を確認しようとする。優秀な部下は、彼らにとって自分の立場を脅かす存在に見える。だから排除したくなる。そういうことなのだと、今は思っています。
「分からないふりをして、聞く」という戦略
それに気づいてから、私はある立ち回りをするようにしました。自分で判断できることでも、あえて「ここ、どうしたらいいですか?」と聞く。「〇〇さんの意見を聞かせてもらえますか」と持ちかける。相手に「教える隙」を意図的に作るのです。
すると、面白いように相手の警戒心が解けていきます。「頼られたい」「上に立ちたい」という欲求が満たされるからだと思います。
これは、自分を曲げているわけではありません。自分の心と安全を守るための、静かなコントロールです。
まともにぶつからなくていい
理不尽な環境のなかで、真正面からぶつかることだけが選択肢ではありません。「あえて教えを乞う」というクッションを使うことで、消耗せずに自分を守ることができる。
そのことに気づいてから、少し楽になりました。
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【免責事項】本記事は筆者の個人的な体験に基づく記録です。特定の診断・治療・法的助言を行うものではありません。心身の不調が続く場合は医療機関、職場の問題は労働相談窓口など専門機関にご相談ください。
※この記事の原型はnoteに掲載しています。

