こんにちは、きこです🌷
精神科で看護師をしながら、医療職の働き方について書いています。
「業務時間外なのに、責任を追及する電話が鳴る、、、」
「『あなたのミスですか?』のひと言が、頭から離れない」
「保身文化のなかで、自分をどこまで守ればいい?」
📌 この記事は、こんな方へ
・業務時間外の電話・連絡で、心がすり減っている方
・保身文化のある職場で、責任を押しつけられがちな方
・自分を守るための線引きを、もう一度整えたい方
📋 この記事でわかること
- 業務時間外の「責任追及電話」が看護師に与えるダメージ
- 保身文化が職場全体を腐らせるメカニズム
- 真面目な人ほど自分を責めてしまう理由
- 自分を守るための3つの考え方
起きたこと——私の実体験
私は精神科看護師として、今の病棟に勤めて七年になります。異動や人事の節目ごとに管理体制が変わってきましたが、ここ二年ほど、「保身」を最優先に動く責任者のもとで働いています。
少し前のことです。病棟で備品が破損するインシデントがありました。原因が特定されないまま、責任者の判断で「連帯責任」として、日勤スタッフ全員から一律数千円が徴収されました。正直、「これは違うんじゃないか」と思いました。でも黙っていました。声を上げた先に何があるか、なんとなく見えていたからです。
その出来事が、次に起きたことの伏線になっていたのだと、今は思います。
点滴インシデントの夜に、起きたこと
点滴の滴下速度を厳密に管理しなければならない患者さんがいました。一本目の点滴を担当したのは別のスタッフで、二本目の接続が私の担当でした。その後も、複数のスタッフが確認のために部屋に入っていたはずです。
夜勤への引き継ぎのタイミングで、夜勤側の役職者が確認に入るのが遅くなりました。気づいたときには、点滴が予定より早いペースで終わっていて、患者さんの状態が変化していました。
私はそのとき、もう帰宅していました。夕食を食べ終えて、少し落ち着いてきたくらいの時間だったと思います。二十一時を少し過ぎていたかもしれません。
電話が鳴りました。夜勤の役職者からでした。
「キコさん、あなたのミスですか?」
最初、何のことを言われているのか、わかりませんでした。状況を説明されて、やっと点滴のことだと気づきました。そのとき私が言えた言葉は、「はっきり覚えていないです」でした。それだけでした。
多忙な日の業務というのは、半分以上が「自動操縦」になっています。手が動いている、でも記憶には残りにくい。二本目の点滴を接続した感覚はあるけれど、速度の設定値を声に出して確認したかどうか、自信を持って「しました」と言えませんでした。
そのあいまいさが、そのまま「責任感」に変わっていきました。
1.5日間、ひとりで抱えた
翌日は休みで、その次は夜勤入りでした。一日半、家にいるしかない時間がありました。
朝、目が覚めるとすぐに考え始めていました。あのとき、速度を合わせたか。誰かに確認したか。患者さんの今の状態はどうなったか。誰にも聞けない状況で、頭のなかだけでぐるぐると繰り返していました。
ナギが「大丈夫?」と声をかけてくれましたが、うまく話せませんでした。「たぶん大丈夫だと思う」と言いながら、全然そう思っていなかった。ご飯もあまり食べられなくて、夜になっても気持ちが切り替わらなくて。それが一日半、続きました。
正直、あのときの自分は追い詰められていたと思います。「私のせいで患者さんに何かあったら」という考えが頭から離れなくて。でも確認できる手段がない。ただ待つしかない。
職場に戻って、知ったこと
夜勤入りで職場に戻って、状況の続きを聞きました。防犯カメラの映像を確認したところ、その患者さんの部屋に別の患者さんが出入りしていたことがわかったというのです。認知機能が低下している方で、点滴のラインに触れていた可能性がある、と。
結果として、誰の行為かは特定されませんでした。
私が一日半、ひとりで責め続けた「私のミス」は、最初から確認されていなかった可能性が高い。そして——この部分がいちばんしんどかったのですが——カメラ映像の存在は、電話の時点で職場側もある程度把握していたかもしれません。なぜなら、インシデントが起きた直後に映像確認は、通常の手順として行われるからです。
「それを知っていて、なぜあの電話をかけてきたのか」
答えは出ていません。でも、保身文化の職場で何度も見てきたことと、今回の出来事がつながってしまいました。情報は選択的に伝えられ、個人がもっとも傷つく形で責任が問われる。それが、あの電話の正体だったのかもしれないと、今は思っています。
なぜ真面目な人ほど、自分を責めてしまうのか
私自身がそうだったのでわかるのですが、看護師という仕事は「ミスは許されない」という前提で、体と心が鍛えられています。疑わしい状況が生まれたとき、まず自分に非があると仮定して動くことが、習慣になっている。それは患者さんを守るための、大切な感覚でもあります。でも、保身文化の職場では、その感覚が逆に使われてしまうことがあるのです。
「記憶が曖昧」であることは、ミスの証拠にはなりません。多忙な業務のなかで自動処理に入ることは、誰にでもあることで、細部を覚えていないこと自体は正常な反応です。でも、責任を問われる立場になったとき、「覚えていない」は「やったかもしれない」に変わってしまう。
私はあの一日半で、そのことを身をもって経験しました。
自分を守るための、3つの考え方
💡 業務時間外の電話には、即答しない権利がある
あのとき私は、反射的に「はっきり覚えていない」と答えてしまいました。でも、「今夜は確認できないので、出勤後に改めて話しましょう」と言える権利が、私には本来あったはずです。帰宅後に即答を求められる状況そのものが、労働環境の問題なのです。
💡 「記憶が曖昧」は、ミスの証拠ではない
多忙な業務中の自動処理状態で、細部を覚えていないことは、正常です。断言できないことと、実際にミスをしたことは、まったくイコールではありません。あいまいさに乗じて責任を問う側こそが、問題なのです。
💡 情報が揃うまで、自己判断しない
全体像が見えていない状況で、自分を責め続けることは、精神的にいちばん消耗します。「情報が揃うまでは判断しない」と決めておくこと——これが、私には足りていませんでした。次に似たような状況が来たとき、そう決めておこうと思っています。今もまだ、できるかどうかわからないけれど。
まとめ
あの一日半を振り返ったとき、いちばんつらかったのは「何もできないまま待つしかない」という無力感でした。職場に戻って全体像がわかるまでは、自分を責め続けることしかできなかったのです。
今の職場に長くいることについて、少しずつ考えるようになっています。「守ってくれない場所に、いつまでもいる必要はない」——そう言葉にできるようになったのは、最近のことです。頭でわかっていても、行動に移すのはまた別の話で、今はまだ、その途中にいます。
もし今、職場での出来事が頭から離れなくて眠れない夜があるなら、それはあなたが弱いのではなく、職場環境のほうに問題があるのだと、私は思います。自分を責め続ける前に、その環境を少し外側から見てみてもらえたらと思います。
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📚 参考・引用文献
- 厚生労働省「時間外労働の上限規制(働き方改革)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kakuho/chousei/index.html)
- 公益社団法人 日本看護協会「看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」(https://www.nurse.or.jp/nursing/shuroanzen/yakinkotai/)
- 厚生労働省「職場のハラスメント対策」(https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/)
【免責事項】本記事は筆者の臨床経験と当事者視点に基づく一般的な情報提供であり、特定の診断・治療・雇用関係の法的助言を行うものではありません。心身の不調が続く場合は医療機関、職場の問題は労働相談窓口など専門機関にご相談ください。
🌱 さいごに
辞めたい人だけが、備えるわけじゃありません。
いまの職場をできるだけ長く続けたい人ほど、「いつ何が起きてもいい次の手」を、そっと準備しておくこと——。
それが、いちばん心が楽になる道だと、私は思っています。
この記事が、あなたの「いつか」のとなりに、ほんの小さな「次の手」を置くきっかけになれたら嬉しいです🌷

